2017年 08月 08日 ( 3 )

2017年 08月 08日
北の湖
c0181552_19502860.jpg
OLYMPUS E-620 ZUIKO DIGITAL 14-42mm F3.5-5.6

前のエントリで紹介した、湖のことをかつては「うみ」と呼んだという司馬遼太郎の話であたりまえのように思い出したのは、かつての大横綱北の湖であった。自分の中で湖=うみというのにまったく抵抗がないのは、北の湖のおかげである。
北の湖は北海道壮瞥郡の出身であったから、四股名の湖というのはきっと洞爺湖のことであろう。琵琶湖でないのは確かである。

まあしかし、北の湖(みずうみ)といえばその代表はやはり摩周湖だろう。今はなき北海道出身の作家、渡辺淳一も「湖の王者」と書いているくらいであるし。ここは学生のとき以来、通算すれば自分の人生でもっとも長い時間眺めた湖かもしれない。
本当は、叶うのであれば世界の他のいろいろな湖をもっと眺めに行きたいところではあるけど。

関連エントリはこちら




にほんブログ村 写真ブログ 散歩写真へ人気ブログランキングへ


by tajiri8jp | 2017-08-08 20:16 | OLYMPUS E-620 | Comments(0)
2017年 08月 08日
みずうみ 2
c0181552_15310026.jpg
Nikon D700 AF-S NIKKOR 24-85mm F3.5-4.5G

いったいに、湖という日本語は、明治以前にはなかったのではないか。LAKEという外来語が入ってきてその翻訳語としてミズウミという日本語ができ、大正期を経て定着したのではないかとおもわれる。われわれが湖とか湖畔という言葉に歌謡曲的な適度なハイカラさを(たとえば長崎のオランダ坂といったものと同類の感覚を)もつのは、それが伝統的な日本語でなく、翻訳語であるためかもしれない。
『広辞苑』(第二版)の湖の項をひくと、
「水海の意。周囲を陸地でかこまれ、直接海と連絡のない静止した水塊」とある。
この「静止した水塊」のことを明治までの日本語では単にうみとよぶことが多かった。
(司馬遼太郎著「街道をゆく 北国街道とその脇街道」より)

自宅にある広辞苑(第五版)を開いて見ると、やはり同じことが書いてあった。
湖のことを単にうみと呼ぶようになったのは、都のすぐ近くにあるこの水塊が海のように大きかったためではないか、と琵琶湖を眺めていると思えてくる。

日曜日、ただ琵琶湖のこの水面を見るために滋賀県長浜市までクルマを走らせてみた。
母が滋賀県出身のため、子供の頃、夏にこの写真を撮った近くで泳ぐことが時々あった。思い出のうみである。
まだ小さかった自分が初めて琵琶湖の水泳場にやってきたとき、「大きなプールやなあ」といったらしくて、今も親戚の笑い話に出ることがある。
誰しも初めて海に入ったときは、海水の塩辛さに驚くだろうけど、一見、海のように広い琵琶湖の水は淡水であるから、当然ながら口に入ったところで一向に辛くない。大きなプールという表現は、あながち間違いでもないわけである。





にほんブログ村 写真ブログ 散歩写真へ人気ブログランキングへ


by tajiri8jp | 2017-08-08 16:11 | Nikon D700 | Comments(4)
2017年 08月 08日
みずうみ
c0181552_06011966.jpg
Nikon D700 AF-S NIKKOR 24-85mm F3.5-4.5G

琵琶湖。

トンボがたくさん飛び回っている。




にほんブログ村 写真ブログ 散歩写真へ人気ブログランキングへ


by tajiri8jp | 2017-08-08 06:02 | Nikon D700 | Comments(2)