2016年 07月 23日
高校生が走る2
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SONY α900 MINOLTA AF REFLEX 500mm F8.0

神戸のほっともっとフィールド。

ここはかつて、グリーンスタジアム神戸といったのに、流行のネーミングライツのおかげで今は別の名前になっている。
昔、というのはイチローがオリックスでプレーしていた頃、イチローを見に来たことがあるし、いわゆる「死のロード」中の阪神タイガースの試合を見に来たこともある。この日訪れたのはずいぶん久しぶりのことであった。
きれいな球場だとは思うが、尼崎や芦屋あたりに住む自分にとっては、ちょっと遠く感じるのが欠点。神戸が横浜に負けているところである、というのは以前にこちらに書いた。




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by tajiri8jp | 2016-07-23 17:52 | SONY α900 | Comments(4)
Commented by keizo-f at 2016-07-23 18:51
山田、マルカーノ、高井、そして山口高志がいたころの西宮球場に行ってみたかったです。笑
Commented by tajiri8jp at 2016-07-23 21:31
keizo-fさま 
このところ、読売新聞に阪急ブレーブス時代の選手や関係者のインタビューがずっと連載されてて、面白い記事だと思って楽しみにしてます。先日までしばらくの間は代打の神様こと高井さんでした。
でも小さい頃、わたしは巨人ファンでしたから阪急には興味がなくて、西宮球場(駅前のとてもいい場所にありましたね)に行ったのは日米野球の巨人・阪急連合軍対シンシナティレッズを観戦したときの1回だけでした。南海ホークスの大阪球場とい、今となればもったいないことをしたと思います。
Commented by keizo-f at 2016-07-24 10:41
私は福岡で閑古鳥の鳴く平和台球場に通う野球少年でした。
父が放送局に勤めていたこともあり常にバックネット裏で観戦できたのですが、山口高志の球速はそこから見ても尋常ならぬ速さでした。スタメン発表の時に彼の名前が上がると、ライオンズファンから「あー。」と早くも敗戦を覚悟したため息が聞こえてきたものです。高井の代打も脅威でした。あのころのブレーブスはセパ合わせて間違い無く日本一のチームでした。
豪速球にスパーンッと鳴るキャッチャーミットの音、木製バットの快音、時は選手同士の叫び声まで聞こえたあの頃の野球観戦はとても迫力あるものでした。
ピンチもチャンスも関係無くのべつまくなしラッパと太鼓がのなる今の幼稚なお遊戯プロ野球観戦では、とても野球場に足を運びたくなる気持ちになれません。
Commented by tajiri8jp at 2016-07-25 19:20
keizo-fさま
野球について、いい思い出をお持ちといえるのではないでしょうか。考えてみればその頃のパ・リーグの球場で野球を観戦したというのはとても贅沢なことだったのかもしれません。わたしも観客が比較的少なくて余裕のあるスタンドで、記事にあるような日米野球や、イチロー対野茂(これはたしか日生球場でした)なんてのを見ることができたわけですし。
そしておっしゃるとおり、球場では鳴り物ばかりでなく、バットの快音とか野次を楽しみたいもんだ、とも思います。
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